私(鈴木)は思考のクセとして、
過去を振り返ることが多いです。
例えば、
「昨日の1日の過ごし方はよくなかった」
「あの頃、もっと〇〇しておけばこうだった」
「あれをしなければよかった」
的なこと、考えたります。
「くよくよ悩む」という言葉がよく似合います、笑。
今日、お金のサンクコストについて考えていて、
「これ時間も同じじゃないか?」と思い当たったんです。
サンクコストというのは、
日本語では埋没コストと呼びますが、
投資してしまったお金のことを言います。
「これを判断に加えない方」がいいと
いう文脈でよく使います。
10億円をある事業に投資したとしましょう。
この事業、10億投じて、自分なら黒字化できると
踏んでたのに、毎年1億円の赤字が出ます。
人情としては、10億円も投資したんだから、
もっと改善して(=さらに資金を投じて)、
なんとか黒字にして取り返したい、と
毎年1億の赤字を出しながら、考えますよね。
サンクコストの考え方は、10億円は
「埋没した=すでに捨てたもの」として考え、
計算に入れず、
単に「毎年1億円の赤字が出る事業」と捉える。
毎年1億円赤字が嵩んでいくんだから当然
早く手放すべき、という判断をします。
人情は、過去費やした10億円に囚われる
から、判断が鈍るわけです。
(競馬で最終レースまでに5万円負けているから、
最終レースで手持ち全部投じて一気に取り返そう、
というが非合理なのと似た理由ですね)
でもこれ、時間に当てはめても同じなんじゃない
でしょうか?
昨日の過ごし方が悪かったという反省はいいですが、
今日以降をどう過ごすかとは直接関係ないです。
昨日をもう一度生き直すこともできません。
過去の一時期に勉強をしなかったとしたら、
今の過ごし方を変える(今から勉強する)しか
できることはないですし、
先週食べすぎたのなら、今週ダイエットするか
運動するか、恒久的に食べすぎない工夫をする
しかないわけです。
お金は、人に借りたりして、リバレッジをかけて
取り戻すことが可能ですが、
時間はもっとシビアで、人に借りられないし、
全ての人に均等にどんどん流れています。
そうすると、過去は全てサンクコストとして
忘れ、ただ現在と未来をより良いものにして
いくかに集中すべきなのではないかと。
かなりクサイことを書きましたが、
自分の思考のメモとして、時々思い返したいと
思います。
<今日の日記>
朝からカフェで仕事。
運動をする時間が取れなかった。
<今日の読書>
山里亮太さんの「天才はあきらめた」読了。
偽りの自信を積み上げて、拠り所にする話が
印象に残った。
あとがきで「山ちゃんはお笑いの天才です」
という指摘が出てきて、実は天才なんて
外見だけで、心のうちは凡人的なのかなと。
<今日のセルフPDCA>
寝るべく無駄な移動は減らす。
